自分勝手な娘の介護日記

人工股関節、脊柱管狭窄症で「要支援」だった父が認知症を患って「要介護」に。 43歳の娘、77歳の父の記録。

ほっこりする。

なんだかどんよりした天気ですね。こんにちは。

↑の「このブログについて」にも書いてあるんですが。

わたしは母を昭和62年(って何年前だろう)32年前に亡くしています。

父も43歳で若かったし。かなり景気のいい世だったので母の死後

仏壇周りやお墓回りの花やお飾り(?)は賑やかだった記憶です。

 

わたしが二十歳を超えると、墓参りもわたし一人の作業になったし。

月命日や母の日、誕生日や命日に花を手向けるくらいで…

そんなものかなって勝手に思ってました。

 

ここ数ヶ月くらい前ですかね。

父が突然「お母さんが仏壇に花を1輪でいいから飾ってほしいって言ってた」とか言い出したんですよ。

夢なんだか生前に言われたんだか知らないけど。

それで、絶えず花を手向けるようにしてるんですけども。

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最近、デイサービスに出かける父が仏壇に「いってきます」って言うようになったんですよ。

手すら合わせない近年だったのに。

なんか気持ち悪いw

 

まあ何か思うところあるんでしょうね。

本人曰く「棺桶に片足突っ込んでる」らしいので。

夫婦でいた期間よりも、死後の方が長いんだもんなあ。

記憶も薄れるだろうし。

なんか、かわいそうっちゃかわいそうだよなあ。

 

昔ね。わたしがまだ小さいとき。

わたしの為に再婚を考えたことがあるみたいなんですよ。

大人になってからほかの人に聞いて知ったんですけどね。

「新しいお母さん欲しいか?」って聞かれたときに

幼いわたしは「新しいお母さん」=「生き返ったお母さん」だと思ったらしく

「いらない!」って言ったらしいんですよね。

だから再婚しなかったのよって聞いたときは申し訳ないことをしたなと。

 

わたしが結婚適齢期になったときに父は

「結婚って言うのは縁だから一生に一回きりだから」と

古風なことを言ってましたけどもね。

「オレは束縛とか自由がなくなるのが嫌だからな」と。

わたしギチギチに育てられましたけどねw

やるのはいいけどやられるのは嫌なんですねw

 

まあ。あの性格で、新しいお母さんが見つかったかどうかって言ったら無理っぽいけどもw

まだ40代でそこそこお金もあったあの時代だったらワンチャンあったのかな?w

 

「いってきます」でも何でもいいから

毎回、母に話しかける父をかわいいと思うし

ほっこりする一面を見られてよかったなと娘は思うのです。

 

愛をこめて花束を

愛をこめて花束を

 

 

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